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2012年7月11日水曜日

インド映画『BLACK』(ブラック) -- シムラーの観光スポット

映画の楽しみの 1 つは、居ながらにして世界中の様々な風景を見られることだ。
映画『BLACK』は、ヒマラヤ山麓にあるシムラー(Shimla)を舞台に、物語が展開する。


デヘラドゥーン(Dehradun)は、目や耳が不自由なミシェルのような子供たちのための専門学校があるところとして、映画では名前だけが出てくる。ミシェルを闇の世界から光の世界へと導いたサハーイは、その学校の先生だったという設定になっている。

ニューデリーから北へ約270km に位置するシムラーは、世界遺産に登録されているインド山岳鉄道の 1 つ、カールカー・シムラー鉄道の終点でもある。標高 2200 メートル付近の高地に開けた町で、年間平均気温は 21 度。厳冬期は零度以下になることもあり、雪も降る。映画では、雪のシーンが美しく描かれている。

インド有数の避暑地で、イギリス植民地時代には夏の首都とされた。昨今は、ニューデリーから新婚旅行で訪れる人が増えているのだそうだ。シムラーの詳細は、ここらで調べるべし。

映画「Black」に登場する建物は、すべてシムラーに実在する。
まずは、ミシェルが生まれ育ったマクネリー家の豪邸。


これは、Woodville Palace(ウッドウイル パレス)ホテル。このホテルの Web サイトによると、その歴史は 1866 年にまで遡れるそうで、現在の建物は 1938 年に建て替えられたもの。
立派な英国建築だ。

次に、ミシェルが入学を認められたキング エドワード大学。


ハリー ポッターに出てくるホグワーツ魔法魔術学校を彷彿とさせるこの建物は、英領インド時代の英国総督府。現在は、インド高等学術研究所が使用している。建物に使用されている石は英国から運んだものという。

そして、ミシェルが 12 年間、日曜日ごとに通った教会。映画の冒頭のシーンが印象的だ。


この教会も、シムラーに実在する。ネオゴシック様式のこの教会は、1857 年に建てられたもので、北インドで 2 番目に古いキリスト教会。シムラーのアングロ インディアン社会の中心的役割を果たしている。教会の Web サイトもあり、そこからフォト ギャラリーにアクセスできる。ステンドグラスの美しい教会だ。

他にも、この映画では、シムラーの美しい街並みを楽しむことができる。下は、ミシェルが大学に通うために借りた家。調べるのが面倒なので、この建物が何かは不明。シムラーに実在すると見た。シムラーへ行くことがあれば、街中歩き回って探してみたい。


下は、シムラーの中心部か?


映画を見る限り、シムラーは美しい町だ。
この映画を見なければ、この町を知らないまま一生を終えたかもしれない。
インド映画『BLACK』。良くできたストーリーに加えて、シムラーの美しい風景。
2 倍、得した気分だ。
インド映画を見て、インドを旅した気分になろう!

シムラー料理


シムラー料理などというものがあるのかどうか知らないが、映画に出てくる食事シーンで料理が大写しになるのは 1 回だけ。


皿の一番奥の白いのは米のような雰囲気。その他は不明。シムラー近郊の名物料理って何なんだろう?

2012年7月7日土曜日

インド映画『BLACK』(ブラック)

2005 年のインド映画『BLACK』の字幕翻訳が終了した。
一気に訳してしまった。
スラングがバンバン出てくる映画とは違って、翻訳自体はさほど難しくはなかった。
Google 翻訳者ツールキットも快調で、翻訳環境も問題なし。

この映画、アングロ インディアンの家族の話とあって、台詞の半分ほどは英語だ。アングロ インディアンとは、英国人とインド人との間の子供やインドで生まれ育った英国人を指すらしい。植民地時代に英国人男性とインド人女性の間に生まれた子供の子孫で、差別の対象になっているとも。詳細は知らないが、映画では、メチャメチャな大豪邸(下の写真)で、大金持ちという設定になっている。


インドでも地方へ行くと、英語が通じないと言われる。この映画、インドの地方部ではどうだったのだろう。興行的にヒットしたのだろうか?

それと、気になるのはキリスト教がベースに流れていること。結婚式もキリスト教だし、キリスト教の神の概念がしばしば出てくる。ヒンズー教や仏教は、現実と向き合って努力するという姿勢に欠けるのかもしれない。今世はダメだから来世に期待しようでは、この映画は成り立たない。親の因果が子に報いなどとんでもない。

タイトルの邦訳は、悩んだ挙句に断念した。
この映画の最後で明らかになるのだが、「黒」は目が見えないことによる暗闇の黒以外に、知識の象徴である大学の卒業ローブの色の「黒」でもある。タイトルの訳を「黒」にしようかとも思ったが、なんだかしっくりこないので、それもやめた。

この映画は、アミタブ・バッチャンのための映画でもある。
目も見えず、耳も聞こえないミシェルを、闇の世界から光の世界へ導く教師サハーイ役を見事に演じている。

そして、少女時代のミシェルを演じた子役のアイーシャ・カープルの名演技が印象に残る。目はあらぬ方向を向き、手足をばたつかせて泣きわめき、本当に目も見えず、耳も聞こえない障害児ではないかと思わせる。


どこから、こんな名子役を連れてきたのか不思議だ。それとも、演技指導が素晴らしいのか?

成長してからのミシェルを演じているのは、ラニー・ムカルジー。熱演ではあるが、顔立ちが美しすぎる気がした。間違っても、障害者が美人であってはならないという意味ではない。ただ、彼女が演じると、ミシェルが背負った運命の過酷さが軽減されてしまうように思えてならない。
こんな美人に、それほど過酷な運命が訪れるものかという、バカな男の思い込みだ。許してほしい。

徐々に年をとるサハーイ。やがてアルツハイマー病を発症する。そのあたりからのアミタブ・バッチャンの演技は秀逸だ。見ているうちに、晩年のショーン・コネリーともイメージが重なってくる。


歌もダンスもない。格好いいヒーローも、ヒロインも出てこない。大げさな演技や、わざとらしいギャグもない。およそインド映画らしくないインド映画、それが「BLACK」だ。

目も見えない、耳も聞こえない少女に言葉を教え、闇の世界から光の世界へ導くサハーイの熱意。大学に挑戦し、何年もかかって卒業するミシェル。
アルツハイマーが発症したサハーイは、ミシェルのことも、言葉すらも忘れてしまう。

何もかも忘れてしまったサハーイに、ミシェルは自分の卒業を誰よりも先に伝えたいと思う。
卒業の黒いローブを着て、自分の卒業を告げるミシェル。


そして、再び奇跡が起こる。世の中に不可能はないと教え続けたサハーイ。それを信じて、努力し続けたミシェル。2 人の物語は、この映画が終わってもさらに続くことだろう。

加えて、この映画で特筆すべきは映像美だ。さすがに、サンジャイ・リーラ・バンサーリ監督だけのことはある。


上映時間、インド映画としては短い 2 時間 3 分。 第 1 級の感動大作だ。

日本でも、ぜひ見てほしい映画だ。間もなく日本語字幕が完成する。
日本語字幕で、何とか安く見てもらうことはできないものか、知恵を絞ってみたい。

2012年7月3日火曜日

インド映画『BLACK』(ブラック) -- 予告

目も見えない、耳も聞こえない、その彼女の世界が「BLACK」。

彼女は言う。
「あなたは、この世界にどれだけ耐えられる?
1 分、1 時間、1 日?
私は、この世界で 40 年生きてきた」

「暗闇」と訳したのでは生ぬるい。
「暗黒」ではどうだろうか?  それとも「漆黒」?
まだ足りない気がするが、他に思いつかない。
とりあえずは、「漆黒」としておこう。
(注: 翻訳終了後 、日本語タイトルは諦めた、2012/7/7)
(注: 「ブラック」に決めた、2012/7/13)

かつて、インド映画に、これほど残酷で過酷な運命を描いた映画があっただろうか。
世界中を探しても、多くはないだろう。


  • 公開: 2005年2月
  • 監督: サンジャイ・リーラ・バンサーリ
  • 主演: ラニー・ムカルジー、アミタブ・バッチャン
監督のサンジャイ・リーラ・バンサーリは、私が初めて字幕を訳した「Devdas」(デーブ ダース)の監督でもある。映像美が素晴らしい。

ラニー ムカルジーとアミタブ バッチャンは、前回訳した「Bunty Aur Babli」(バンティとバブリ)のバブリ役と、刑事のダシュラート シン役の 2 人。前回の「Bunty Aur Babli」と、今回の「BLACK」を見比べると、同じ人間が演じているとは思えないほどの変わりようだ。どちらも、うまい! インド映画など、吉本新喜劇や松竹新喜劇の延長だと思っていたら大間違いだ。

ラニー ムカルジーは、この映画で新境地を開いた。

残念ながら、日本ではまったく知られていないこの映画、お隣の韓国では静かなブームになったそうで、羨ましい限りだ。

これほどシリアスな映画の字幕をうまく訳せるかどうか。
頑張ってみたい。