2018年6月30日土曜日

My Name Is Khan

久々に見直しました。
My Name Is Khan
インド映画らしくないインド映画。



この映画、ひどい評価が多々あった。
病気を使って感動を呼び起こそうとするあざとい映画、、、、
しかし、シャー・ルク・カーンの演技力の確かさが証明された映画だ。
あざとさが鼻につく人は不幸だ。
素直に感動できれば幸せ。
映画は、それで良い。

良い映画だが、本物のインド映画じゃない。
強いて言えば、ハウスのジャワカレー。
うまいが本場のカレーとはまるで違う。

2018年5月7日月曜日

ダンガルを見ました

本当に久しぶりにインド映画を見ました。
評判の映画、アーミル・カーンの「ダンガル」です。
女子レスリングの浜口京子さんとその父親であるアニマル浜口さんを彷彿とさせる映画でした。

アーミル・カーンの映画といえば、Lagaan、3 Idiots、PK といった傑作が勢ぞろいしています。それらに比べると、ダンガルには少し物足りなさを感じました。

映画は現実の一部を切り取って、それを単純化して見せるものですが、ダンガルは少しばかり単純化しすぎている気がしました。アーミル・カーンの映画らしく、主人公が良い子過ぎる点も気になりました。

アーミル・カーンの映画は、どれもインド社会のタブーに切り込んでいます。Lagaan ではダリットと呼ばれる不可触民の問題が取り上げられていたし、3 Idiots では大学における勉強と企業への就職の問題が取り上げられていました。PK では、ヒンズーの神の問題を正面から取り上げていました。
今回のダンガルでは、家事労働を強制され、若くして親の意向で結婚させられるインド女性の問題が取り上げられていましたが、先の 3 作品に比べると、問題を訴えるというよりは、より娯楽映画の要素が強かったようで、その部分が物足りなさにつながったのかもしれません。

日本語のタイトル「きっと、つよくなる」は、まったくいただけません。
3 Idiots の邦題「きっと、うまくいく」もつまらないタイトルでしたが、それをもじった今回の邦題は、2 匹めのどじょうを狙ったもので「バッカじゃないの」としか思えませんでした。

ダンガルの良かった点は、最後に親父が娘の試合の応援席にいなかった点です。
これで娘は親からの自立を果たしたわけで、これがなければ、映画として成立しなかったと思います。
欲を言えば、娘と親父の葛藤をもう少し丁寧に描いてほしかったし、娘にボーイフレンドができてもよかったように思います。娘の親離れというか、娘が自立していく姿を、もう少し見てみたい気がします。

2017年7月17日月曜日

Piku(ピクー)-- その 5

その 5 かどうか怪しいですが、Piku の 5 回目くらいだろうということで、「その 5」としてみました。
暑さのせいで、Piku の字幕翻訳は 30% まで進むのが精一杯でしたが、映画の中で日本人を扱った新聞記事が出てきたので紹介します。


日本の自転車選手が 99 歳で亡くなったという記事です。

ピクーの父、バスコールは自分の健康が心配で、1 日に何度も血圧を測らなければ気がすみません。バスコールの亡き妻の妹チョビーは、バスコールのせいで姉が幸せではなかったと思っていて、事あるごとにバスコールにきつく当たります。

そして、バスコールが自分の健康を過剰に心配していることについて
「この人、更年期障害よ。男にも更年期障害があるのよ」と言います。
それを聞いていた医者は、バスコールに向かって
「彼女の言うことは気にするな」と言って、上の新聞記事を見せます。
「彼の名は浅古、99 歳で自転車の選手だ。先週、亡くなった」

浅古という漢字は私が当てはめました。英語字幕では Asaako で、せりふを聞いても確かに「アサコ」と言っています。
インド人にとっては、Asaako が日本人らしい響きを持っているのかもしれませんが、日本では非常に珍しい苗字だということを、誰も教えてあげなかったようです。

上の記事を見たバスコール、それまで自転車に乗った経験がなかったようですが、早速自転車に興味を持って、乗る練習を始めます。

バスコール役のアミタブ・バッチャンはもちろんのこと、チョビー役のマウシュミ・チャテジーも芸達者な役者さんで、皆でピクー役のディーピカ・パドコーンを盛り立てています。歌も踊りもありませんが、アミタブ・バッチャンの映画に外れなしというのは本当です。

2017年7月14日金曜日

Piku (ピクー) -- 7 つの誓い

今日は気分が良くて、仕事もほとんどなかったので、字幕の翻訳が少し進みました。
Piku の字幕翻訳、ワード数にして 26%、上映時間にして 24 分完了です。
この 24 分の大半は、ピクーの父親、バスコール(アミタブ・バッチャン)がどういう人物なのかを描くために使われています。
一言で言うと、偏屈な爺さんです。
しかし、その考えには一理あります。
周りの人は、うっとうしい爺さんだと思いながらも、その爺さんを愛しています。

う~ん、寅さんのようなと言うとちょっと違うかもしれませんが、問題児ではあるけれども憎めないキャラクターです。

バスコール爺さん、結婚は下らないと考えています。
昔の日本にも「女三界に家なし」という言葉があって、女は「幼い時は親に従い、嫁に行っては夫に従い、老いては子に従う」とされていました。
そんな考えに反対のバスコールは、亡き妻の誕生日に集まってくれた人の前で言います。
「結婚するヤツは IQ が低い」

それに反発するのが、バスコールの亡き妻の妹です。
「私の IQ は低いの? 姉さんの IQ は低かったの?」

バスコールは思っています。
ピクーが結婚できないのは、自分の世話をしてくれているからだ。
しかし、他の男と結婚すれば、その男の世話をするだけだ。何も変わらないではないか。

そして、次のせりふです。
「結婚式の 7 つの誓いで、火の中に自我を捨て 知識を捨て、誇りを捨て、自分の考えを捨て、より良い人生を導く。それは IQ が低い人間のすることだ」


バスコールは、自分に尽くすだけの人生だった亡き妻を心から愛しているのです。

ここで気になったのが、「結婚式の 7 つの誓い」です。
インド人は、結婚式で何を誓うんだろう。

調べてみました。
インド映画には、インドの結婚式の様子がよく出てきます。
7 つの誓いは、ヒンズー教の結婚式です。
結婚式で火の周りを回りながら、2 人で 7 つの誓いを立てます。
7 つの誓いについては、ここに詳しく書いてくださっている方がいます。
それらしき動画を探してみましたが、これしか見つかりませんでした。


火の周りを 2 人で回っているのはわかりますよね。
この瞬間に、女性は自我を捨て、夫に尽くすだけの人間になる。娘のピクーには、そんなことはさせたくない、、、というのが、バスコールの主張です。
なるほど、日本映画には存在しないテーマです。

インド映画から色々なことが学べます。
知らない世界を見ることができます。
知らない世界を見ることは、楽しいことです。

2017年7月13日木曜日

Piku (ピクー) -- 気温は摂氏、体温は華氏

久々に Piku の字幕翻訳の続きをしました。
最近は Google 翻訳の品質がすごく向上していて、文法的にきちんとしていれば、ほぼ正確に翻訳してくれます。映画の字幕のように、文法的に不完全な口語でも、昔のように「なんじゃ、こりゃ?」というような悲惨な翻訳はなくなりました。

しかし、言葉を置き換えるだけでは日本語字幕にはなりません。
たとえば、「98.8 fever」を Google 翻訳は「98.8 熱」と訳してくれます。
これ、医者に電話で体温を伝えているシーンなので、せめて「熱は 98.8 度です」と訳してほしいところです。しかし、常識的に体温が 98.8 度などということはありません。これって、温度の単位が摂氏ではなく華氏です。華氏 98.8 度は、摂氏 37.1 度。なので、日本語字幕では「熱は 37.1 度です」としなければなりません。


インドでは、気温には摂氏を使いますが、体温には華氏を使います。日本人としては、どちらかに統一せずに混乱しないのかと思います。
ちなみに、人間の平熱は華氏 96 度、熱があるという状態は華氏 100 度以上です。慣れてしまえば、感覚的にわかるのでしょう。

映画が始まって、まだ 15 分のところを訳しています。
まるで亀の歩みです。
頑張ります。

2017年6月18日日曜日

ティース・マール・カーンの日本語字幕が完成!

ティース・マール・カーンの日本語字幕が完成しました。
完成した字幕は、字幕倉庫に入れておきました。
日本語字幕付きで全体を見直したところ、評価はバッチリ A です。
歌とダンスが素晴らしく、ぜひとも大きなスクリーンで見たい映画です。

この映画のストーリーは、バカバカしいです。
映画好きと称する人々の中には、バカバカしいストーリーの映画を一段下に見る人々がいます。芸術的でなければ映画ではないとか何とか、、、難しく考える人たちです。
ちなみに、IMDb のこの映画の評価は 10 点満点で 2.5 です。
2.5 って、見る価値なしという評価じゃないですか。
いくら何でも 2.5 は酷すぎます。7 より下ってことはないでしょう!

関西人は吉本新喜劇で育ったせいもあって、バカバカしいストーリーに対する免疫がありますが、大口を開けて笑ったりしたら叱られるような厳格な家で育った人には、馴染めないかもしれません。

ただ、この映画、インド映画の歌とダンスに慣れていない日本人には厳しいようです。歌とダンスが素晴らしいのに、歌とダンスの場面になると退屈そうです。
歌とダンスのないインド映画は、あんこが入っていないドラ焼きと同じです。欧米人がドラ焼きを食べて、「あんこさえ入っていなければ美味しいのに」と思うようなものです。

2017年6月13日火曜日

Piku(ピクー)の続きに着手

Tees Maar Kahn に取り組む前に Piku をやっていたのでした。
Google 翻訳者ツールキットによると、Piku の最終更新は去年の 8 月 15 日。
この頃から精神的に疲れ始めていたようです。
Piku の翻訳が何となく疲れるような気がして、空っぽの脳みそでも気楽に楽しめそうな Tees Maar Kahn の翻訳を始めたのでした。

Tees Maar Kahn の字幕翻訳作業はすべて終了し、日本語字幕付き DVD を作成しました。今夜にでも、日本語字幕付きで Tees Maar Kahn をゆっくり見ようと思います。

Tees Maar Kahn に続いて、Piku の字幕翻訳の続きを、やってみようという気になってきました。

Piku も面白い映画です。公開は 2015 年。
ピクー役は、ディーピカ・パドコーン。
ピクーの父親役は、アミターブ・バッチャン。
ピクーに心を寄せるラナー役は、イルファン・カーン。

ティピカ・パドコーンは、自分では輝けない月のような女優さんですが、この映画では、アミタブ・バッチャンの支えで光輝きます。
イルファン・カーンは芸達者な名脇役で、このキャストを見ただけで、面白そうな映画だと想像できます。

昨年の 8 月 15 日時点の翻訳率は 7 %。
全体で 1 万 2541 ワード。
先は長いですが、マイペースで進めたいと思います。